大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和45年(ネ)2893号 判決 1971年10月22日

控訴人 岩本喜見代

右訴訟代理人弁護士 岡本喜一

同 山中洋典

同 小宮山昭一

被控訴人 土木田康治

<ほか四名>

右五名訴訟代理人弁護士 岡田豊松

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。控訴人に対し、1、被控訴人土木田康治は、原判決添付第一目録記載(1)の土地につき千葉地方法務局船橋出張所昭和三〇年一二月八日受付第六、九三〇号をもってした所有権取得登記の抹消登記手続並びに同目録記載(2)及び(3)の土地につき所有権移転登記手続をなし、同第三目録記載(1)の建物を収去して、同第二目録記載(1)の土地を明け渡せ。2、被控訴人石井新一郎、同石井音次郎は、原判決添付第一目録記載(4)ないし(6)の土地につき訴外石井富蔵が千葉地方法務局船橋出張所昭和三一年三月九日受付第一、六四六号をもってした所有権取得登記及び被控訴人石井新一郎は、同(4)及び(6)の、同石井音次郎は、同(5)の各土地についてした相続による所有権移転登記の抹消登記手続をなし、右被控訴人両名は、右(6)の土地を明け渡せ。3、被控訴人佐藤章は、原判決添付第三目録記載の(2)の建物を収去のうえ、同第二目録記載(2)の土地を明け渡せ。4、被控訴人土木田克巳は、原判決添付第三目録記載の(3)の建物を収去のうえ、同第二目録記載の(3)の土地を明け渡せ。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

控訴代理人は、次のとおり述べた。

一、被控訴人石井新一郎、同石井音次郎の先代石井富蔵は、原判決添付第一目録記載の(4)ないし(6)の土地につき悪意の占有者であるから、その取得時効期間は、二〇年である。即ち、亡石井富蔵は、昭和二二、三年頃船橋農地委員会の補助委員として船橋市小栗原地区の農地の実情調査に専従していた。従って、同人は、右地区の実態に精通しており、前記土地及びその周辺の現状及び将来性についての充分な情況認識が存したのである。特に亡石井富蔵は、前記土地を小作していたのであるから、右土地が近い将来地目を変更し、宅地に転用せらるべき農地であることを認識していたことは、論をまたない。要するに亡石井富蔵は、前記土地が近く地目を変更すべき土地であることを認識し、又は認識しうべきであったにかかわらず、担当補助委員たる地位を奇貨として、農地委員会を誤認せしめる調査報告をなし、よって農地買収処分をなさしめたのである。以上の次第であるので、同人は、占有のはじめ悪意若しくは重大な過失があったものというべきであるから、その取得時効期間は二〇年であり、いまだ時効は完成していない。

二、控訴人が提起した本件農地を含む農地買収処分無効確認請求事件において、控訴人は、買収令書の存しないことのみならず、近く土地使用目的を変更することを相当とする農地に該当するものであることを主張し、右買収処分は無効であり、仮りに無効でないとしても取り消さるべき旨の主張をしているのであって、右事件は、農地買収処分無効確認請求訴訟であると同時に農地買収処分取消請求訴訟でもあったのである。しかも右事件において東京高等裁判所は、農地買収処分取消請求について理由ありとして、これを容認しているのである。してみると、控訴人は、原判決添付第一目録記載の各土地については右農地買収処分取消判決の確定するまでは時効中断の術はなかったことになるのである。

三、亡石井富蔵に対しては、原判決添付第一目録記載の(4)ないし(6)の土地に対する取得時効は中断している。

控訴人の父訴外山中松右衛門は、控訴人のため土地管理をなしており、昭和一四年頃亡石井富蔵に対し前記土地のうち五畝歩のみを賃貸し、その余の土地は従前から水溜りとなっており、片隅の一部は、付近の者がごみ捨て場として利用するにまかせ、何人に対しても賃貸借又は使用貸借等の法律関係はなかった。終戦後亡石井富蔵は小作料を怠納し、右農地もその目的に使用する様子もなかったので、昭和三〇年控訴人は、自己の所有権に基づき右農地の西方より道路に面する農地内に間口五四尺余、南側より同横幅七七尺五寸余、北側より同横幅五一尺八寸余のコの字型に鉄線柵を廻し、西方鉄線柵内土地に松の木数本を植えて、立入りを禁止し、控訴人自らこれを管理することを明らかにした。ところが亡石井富蔵は、控訴人を被告として市川簡易裁判所に対し昭和三〇年九月九日土地所有権及び占有権に基づき右鉄線柵等の撤去を求める訴えを提起したが、右訴訟において控訴人は、昭和三〇年一一月二一日の口頭弁論期日に、右土地の所有権は控訴人にあり、亡石井富蔵が自創法による売渡処分により所有権を取得したとの主張に対しては不知をもって争ったが、敗訴したので、千葉地方裁判所に控訴し(同裁判所昭和三一年(レ)第八号事件)、同裁判所において審理中のところ、控訴人より同裁判所に対し本件農地を含む農地買収処分無効確認請求事件(同裁判所昭和三一年(行)第六号事件)が提起されたので、前記昭和三一年(レ)第八号事件について昭和三一年九月一八日の口頭弁論期日において双方代理人の申出により弁論は延期せられ、次回期日は右行政訴訟の判決確定まで追って指定と決定せられ、爾来期日の指定のないまま今日に至っている。しこうして、前記弁論の延期を申出たことにより、亡石井富蔵は、前記行政訴訟の判決が確定するまで、同人に対する売渡処分による前記土地の所有権取得は確定しないこと並びに控訴人の勝訴を条件として控訴人が所有権を有することを承認したものというべきである。右の次第で前記訴訟は、現在もなお係属しているのであるから、少くとも控訴人が前記主張をなした昭和三〇年一一月二一日に亡石井富蔵の前記土地に対する取得時効は、中断せられたものといわざるをえない。

四、前記農地買収処分無効確認請求事件において、当事者双方は民事訴訟法第七六条による訴訟告知の手続をとっていない。

被控訴人ら代理人は、次のとおり述べた。

一、亡石井富蔵が控訴人主張の土地につき悪意の占有者であることは、否認する。同人が昭和二二、三年頃船橋地区農地委員会の補助員として、小栗原町四丁目、五丁目の現地調査をしたこと及び控訴人主張の土地を小作していたことは認めるが、右土地が近い将来地目を変更し、宅地に転用せらるべき農地であることを認識していたこと、同人が担当補助員たる地位を奇貨として、農地委員会を誤認せしめる調査報告をなし、よって買収処分をなさしめたこと及び右土地が近く地目を変更すべき土地であることを認識し、又は認識し得べきであったことは否認する。農業を本職としていた同人が終戦直後の昭和二二、三年当時において右土地及びその周辺が近く宅地化することなど全く予想もしていなかったのである。

二、1 控訴人は、その主張の土地について、亡石井富蔵を原告とし、控訴人を被告とする市川簡易裁判所昭和三〇年(ハ)第六〇号鉄線柵松樹等撤去請求訴訟事件の昭和三〇年一一月二一日の口頭弁論期日における控訴人答弁により右土地に対する取得時効は中断された旨主張するが、本件において亡石井富蔵は、原審における昭和四二年一一月一三日の口頭弁論期日において右土地に対する取得時効を援用しているのであるが、本件控訴代理人のうち一人は、前記訴訟事件の控訴審における昭和三一年九月八日の口頭弁論期日に出頭しているにもかかわらず、控訴人の前記時効中断の主張は、昭和四六年九月四日付準備書面をもって控訴審においてはじめて主張されたものであり、右は、迅速裁判の要請と訴訟における信義則に反し、時機に遅れた攻撃防御方法であるので、却下を求める。

2 控訴人がその主張の土地につき主張の如き鉄線柵を設け、松樹を植えたこと、亡石井富蔵が市川簡易裁判所に昭和三〇年九月八日占有権に基づき妨害物の排除を求めたこと、亡石井富蔵の「昭和二九年一一月一日当局より右農地につき売渡通知を受け、同年一二月三〇日売渡通知に定めたる買受代金を当局に支払い、買収して農地所有権を取得したが、しかし移転登記手続は未済である。」との主張に対し、控訴人が不知と答弁したこと、亡石井富蔵が右訴訟事件につき第一審勝訴判決を得たこと及び控訴人が控訴し、昭和三一年九月一八日の口頭弁論期日が延期されたことは認めるが、控訴人がその主張の行政訴訟を提起したことは不知。その余の事実は否認する。

三、原審における控訴人の時効の停止に関する再抗弁に対する被控訴人らの答弁中、本件土地の買収処分の取消判決の確定した日を昭和四一年一〇月二一日に、又本訴提起の日を同四二年四月二七日(原判決一五枚目裏一〇行目及び一二行目)にそれぞれ訂正する。

証拠≪省略≫

理由

一、原判決添付第一目録記載の(1)ないし(6)の各土地について被控訴人土木田康治、同石井新一郎、同石井音次郎がそれぞれ所有権を取得してその旨の登記を経由した経緯及び右土地を含む農地について控訴人が提起した農地買収処分無効確認請求事件の経緯についての当裁判所の認定は、原判決理由中の説示(原判決一六枚目表八行目から一八枚目表五行目まで)と同一であるから、ここにこれを引用する。

二、1 訴外小川源一郎が昭和二二年一〇月二日原判決添付第一目録記載の(1)ないし(3)の土地につき自創法第二三条による交換処分を受けて、所有の意思をもって平穏、公然、善意、無過失に右土地の占有をはじめ、この占有は昭和三〇年一二月八日これを被控訴人土木田康治に売り渡すまで続き、同被控訴人がその後これを承継して現在に至るまで占有を続けていることは、控訴人において明らかに争わないから、自白したものとみなされる。被控訴人らは、同被控訴人の取得時効は、昭和三二年一〇月二日完成したと主張して、本訴において時効を援用した。

2 被控訴人らは、農地法第三六条により売渡を受けた訴外石井富蔵が昭和二九年一一月一日に所有の意思をもって平穏、公然、善意、無過失に原判決添付第一目録記載の(4)ないし(6)の土地の占有をはじめ、右占有は、同人が昭和四三年五月一九日に死亡するまで続いたから、昭和三九年一一月一日取得時効が完成したと主張し、本訴において時効を援用したのに対し、控訴人は、右訴外人は悪意の占有者であるから、いまだ取得時効は完成していないと争うので、この点について判断する。

訴外石井富蔵が昭和二二、三年頃船橋市農地委員会の補助員として同市小栗原町四丁目、五丁目の現地調査をしたこと及び原判決添付第一目録記載の(4)ないし(6)の土地を小作していたことは、当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、船橋市小栗原町五丁目所在の農地の買収計画は、訴外石井富蔵が調査立案した計画案を農地委員会において買収計画に組み入れ、審議決定したことが認められるけれども、当時右訴外人において前記土地及びその周辺が近く土地使用の地的を変更し、宅地化するのが相当であると認識していたと認めるに足る証拠はない。前記証人の証言は、前記土地についての買収計画決定当時地目の認定につき疑問を抱き、訴外石井富蔵もそのことを知っていたというにとどまり、又≪証拠省略≫によれば、訴外石井富蔵が同所四三七番地の土地の宅地転用許可を受けたのは、昭和三四、五年頃であり、子供に贈与したのが昭和三六年であることが認められるのであって、これらの事実をもってしても右認定を左右することはできない。してみれば、訴外石井富蔵が農地売渡処分により昭和二九年一一月一日、前記土地を平穏、公然と占有をはじめたことは控訴人の明らかに争わないところであり、他に反証のない限り善意、無過失で占有を始めたものということができる。

三、控訴人は、前記農地買収処分無効確認訴訟を提起したことにより前記被控訴人らのための取得時効は、中断されたと解すべきであると主張するが、民法第一四七条にいう請求とは権利者が時効によって利益を得んとする者に対してその権利内容を主張することを総称したものであって、行政処分取消訴訟の原告は、取消しを求める行政処分又は裁決に関連する原状回復の請求を取消訴訟と併せて、もしくは別個に提起できるのである。このことは、行政事件訴訟特例法の施行時においても同様であったから、かかる関連請求の訴えの提起を怠り、取消訴訟のみを提起した者に対してことさらに前記一般的解釈を拡張して、保護を与える必要は存しないというべきである。

しこうして取消訴訟の係属中においても関連請求の訴えを提起することにより時効中断の途がひらかれている以上、時効停止の規定の類推適用に関する控訴人の主張が採用に値しないことはいうまでもない。

四、控訴人は、原判決添付第一目録記載の(4)ないし(6)の土地についての訴外石井富蔵の取得時効は、控訴人主張の訴えにおける控訴人の答弁により中断されたと再抗弁する。

まず、被控訴人らは、控訴人の右主張は、時期に遅れた攻撃防御方法であるから却下さるべきであると主張するので、この点について検討する。控訴人の右主張が昭和四六年九月一七日の当審口頭弁論において陳述された同月四日付準備書面をもってはじめて主張されたことは、本件記録上明らかであり、≪証拠省略≫によれば、控訴人の主張する訴訟事件控訴審において本件の控訴代理人の一人である弁護士岡本喜一が代理人となり、昭和三一年九月一八日の口頭弁論期日に出頭していることが認められる。してみれば、本件農地について被控訴人らの取得時効の完成の有無が唯一の争点である本件においては、控訴人の前記再抗弁は、明らかに時機に遅れた攻撃防御の方法にあたることは、否定し難いけれども、右抗弁の審理のためあらたに期日を定めて手続を続行することを要せず、従って本件訴訟の完結を遅延せしめないから(当審の口頭弁論は、右期日に終結した。)、被控訴人らの申立は認められない。

よって控訴人の再抗弁について判断するに、控訴人がその主張の土地について、その主張の如き鉄線柵を設け、松樹を植えたこと、亡石井富蔵が市川簡易裁判所に昭和三九年九月八日占有権に基づき右鉄線柵等の妨害物の排除を求める訴えを提起したこと、右訴訟において控訴人は、亡石井富蔵の前記土地につき農地売渡処分によりその所有権を取得したとの主張に対し不知と答えたこと、右訴訟は、第一審控訴人が敗訴し、控訴審の昭和三一年九月一八日の口頭弁論期日が延期されたことは、当事者間に争いがない。≪証拠省略≫によれば、右期日において、双方代理人の申出により弁論は延期せられ、次回期日は追って指定する旨決定されたことが認められるけれども、控訴人の主張する如く、右弁論の期日により、亡石井富蔵が控訴人の主張する行政訴訟の判決確定まで同人に対する前記土地の売渡処分による所有権取得が確定しないこと並びに控訴人の勝訴を条件として控訴人が右土地の所有権を有することを承認したものと認めるに足る証拠はない。

又前記当事者間に争いのない事実に、≪証拠省略≫を総合すれば、控訴人は、前記鉄線柵松樹等撤去請求事件の昭和三一年一一月二一日の口頭弁論期日において陳述した答弁書において、控訴人がその主張の土地を訴外小川源一郎から買受け所有権を取得した事実を認め、昭和二三年七月二日自創法に基づき右土地を買収されたことは否認し、訴外石井富蔵が右土地の売渡を受けたことは不知と答弁していることが認められる。控訴人の右答弁は、訴訟上前記土地の所有権を主張する趣旨であると解しうるとしても、訴外石井富蔵の提起した前記訴訟は、前記土地に対する同人の占有権を主張し、これに基づき妨害排除を求める訴えであることは、上叙証拠より明らかであるから、右訴訟においては、控訴人主張の土地に対する控訴人の所有権の有無は、直接あるいは前提問題としても判断される余地は全く存しない。従って訴外石井富蔵の提起した訴えが控訴人の所有権そのものを否定するか、あるいはそれと同視できるため、右訴外人の請求が棄却されたときは、控訴人の応訴によって主張した所有権の存在が確定ないしそれと同視できることとなり、あたかも控訴人が右土地の所有権を訴訟物として訴えを提起したと実質的に異らないものと評価できる場合にあたらないことはいうまでもない。してみれば、控訴人の前記答弁をもって裁判上の請求に準ずるものとして時効中断事由になると解することはできない。

五、結局、被控訴人ら主張のとおり取得時効がそれぞれ完成し、その反射的効果として控訴人は、原判決添付第一目録記載の(1)ないし(6)の土地の所有権を失っているものであるから、これを前提とする本訴請求は理由がなく、棄却さるべきである。

よって右と同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項、第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石田哲一 裁判官 小林定人 関口文吉)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例